2010年01月30日

サッド モーメント イン ジャパン1

Sad Moment in Japan1(日本で悲しいと思う時)

先ず初めに、日本は外国ではあり得ない程とても便利です※。日本人は我慢強く※、この国に居て良い事はたくさんあります。だって私、日本人ですもの。ここで生まれ、育ち、勉強し、社会経験をつみましたから。だからこそ、日本のネガティブな部分をポイントアウトしてしまう事をご理解、ご了承下さい。

※ここでは詳しく書ききれないので、曖昧な表現しかせずごめんなさい。

2008年10月、2年半ぶりに日本(東京)に帰国、夢のように思い描いていた my lovely country Japanで生活を始め、1年と3カ月が過ぎました。ところが、4年半のトロントでの生活を終えて帰国した時と同じですが、「え〜っ。」と思う出来事は多々あります。Lots and lots!Tons and tons! ちょっと言いすぎかな :) でも、「そうそう、日本てこうだったよね。嫌だわ〜、忘れてた。」という事ありますよね。そのtons and tonsの中の一つを書いてみます。

「どうして、こんなに多くの"元気な"人がエレベーターを使うの?」

「"元気な"人達が、こんな短い距離のエスカレーターに、どうしてこんなに行列して待つの?」

今、体が丈夫ではない母が私の家に滞在しています。東京で働いている私は、田舎に住んでいる母に直接、親孝行ができません。そこで、私が少しでも"日々の"親孝行をさせていただきたい(と言いますか、大好きな母と普段のeveryday lifeを送りたい)ので、時間に自由がきく母に来てもらいました。昨年の3月、辛い出来事があった時にも、私をサポートするために母はえっちらおっちら出て来てくれましたが、その時に比べて歩ける距離はすっかり短くなりました。東京ではホント、歩きますからね。

それでも彼女は東京が好きで、私と一緒に出て歩きたいといいますので、週末には一緒に出かけます。と言いましても、観光をしたりと言うわけではありません。そういう外出は少し厳しいので。駅まで5分歩いて電車に乗り、新宿のとある(以前、2人で良く行った)スターバックスでコーヒーを飲んでおしゃべりして帰宅したり、徒歩10分程度のスーパーマーケットにグローサリーショッピングに行って帰ってきたり。それで、ぜいぜい言っちゃうほどなのです。長時間立って歩くことが困難になってしまいました。そんな母と居て初めて、自分の事としてとらえた出来事を挙げます。

私の母のようなあまり体が丈夫でない人が、やっとの思いで駅にたどり着きます。そこで先ず「階段しかない」状況に遭遇します。新しい駅、大きな駅にはエスカレーターやエレベーターはありますが、そのエレベーターに乗るには、さらに長距離歩かなければいけない事が多々あります。それなら、いっそのことこの階段を「下りようか。」(上りは絶対に無理ですけれど)大江戸線のような地下深い路線は、えっらい距離を下ります!

やれやれ、ホームにやってきて電車に乗りました。この時点で彼女はかなり疲れています。短時間で良いから座って体を休めたいのですが、優先席には普通の人が座っています。今までに、席を母に譲ってくれる人に出会ったことがありません。驚くべき事です。母は元気そうに見えるわけでは無いのですが・・・。この人達は、決して「体が不自由な人へ席を譲りたくない人達」ではないと思うのです。それだけ、周りへの気配りが無いという事だと思います。アンテナを張っている人が少ない。自分の周りで何が起こっているかわからない、興味のない人が多いのだと思います。

さて、目的の駅に着きました。改札に行くためにエレベータ(があれば)に向かいます。すると、元気で楽しそうなヤングカップルが先に乗り込み、サラリーマンが一人、あとお年寄りの方が一人乗り、その横で待っていた私たち親子と、バギーを押して、もう一人の子供の手を引くお母さんが譲り合う始末。どうしてでしょうか。見る限りそのカップルもサラリーマンも、階段を上ったり、エスカレーターまで歩けるような普通の健康状態を持っている風に見えました。内部疾患があるか、女性が妊娠しているかどうかまでわかりませんが。そうだったら仕方ないけれど。

こういう憤りって、少なくとも私が知っているウェスタンカントリーズでは感じなかったな。常に、本当にいつも、周りで自分より困難がある人に手助けしたり、声をかける姿を見ていたから(こういう部分の法律が整っているからね)、そういう観点で日本を見ると、「日本人って冷たいな。」とか、「自分しか見えない人達が多いんだろうな。」と思います。

木を見ながらも森を見るようにすると、もっと日々が有意義になると思うんだけれど。
posted by samansa at 12:20| Comment(2) | TrackBack(0) | Japan/Nippon | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お久しぶりです(勝手に言ってますが(笑))
私もほんのほんの少しですが外国に住んだ経験があるのですが、帰国後に気付かされたのが「西洋の国では当たり前の光景が日本にはあまりないんだなぁ」ということです。

例えば・・・

自動ドアではないドアを自分が通る時、必ずちらっと後ろを見て、誰かいればそのまま手で開けていてくれる。そんな心遣いさえ珍しい国、それが我が国日本です。
本当に残念です。たぶんその人(自分だけのためにドアを開けている人)も、そんなに非情な人ではないと思うのです。
『気がつかない(いろいろな意味で)』
『そういった習慣がない』
という2点が大きいのだと思います、私的には。

エレベーターを利用する際、他の人がドアの開閉ボタンを押すのを「あたりまえ」のようにお礼も言わず乗りこんだり、下りたりする、そんな光景もよくあります。

帰国後、まず私が思ったことは
「日本ってこんな国だったの?」
ということでした。母国を離れて5年以上だったせいもあり、いつの間にか母国が美化されていたのかしら?と思うくらいにショックでした。

経済的、物質的には潤っている日本。
でも、何かが足りないんですね。

ほんの少しのことで「嬉しい」と思う気持ちは
みな一緒だと思うのです。
「小さな親切、小さな幸せ」
そんな言葉を思い出します。

長々とすみませんでした。
Posted by たま at 2010年02月08日 21:50
たまさん

お久しぶりです。しばらくお返事書かなくて、ごめんなさい。

昨日も丸ノ内線内で、杖をついたおばあちゃまが電車に乗って来ました。私の隣に座っていた50代の男性の前に向かって歩いてきたら、おじさん下向いて寝た振りしたんです!もちろん私、おばあちゃまが歩いて来る途中で立ちあがって「お座りください。」って言いましたけど、両隣の人は、じっとそれを見ているの。でもね、杖をついて、腰が少し曲がったおばあちゃんですよ。そんな人が立っているのに、良く座っていられますよね。

おじさんは、席を譲るべきだって知っているから、顔を下に向けたわけで、その後、あのおじさんは、自分の中で言い訳を一生懸命考えていたんだろうな。情けないです。
Posted by samansa at 2010年03月07日 11:44
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